【活動報告】薬円台公民館 学習コーディネーター主催講座

3色パステルアート

日時 令和8年5月20日(金)13:30~15:00
講師 加藤歩美 日本心理療法協会認定3色パステルアートインストラクター
場所 薬円台公民館 第1・2集会室
参加者 19名

【講師紹介】加藤歩美先生は現在、子育て支援の仕事のかたわら、カルチャーセンターで人気沸騰中のアフリカ民族楽器カリンバ講師を務めるなど幅広いフィールドで活躍しております。さらに、薬円台公民館でも学習コーディネーターとしても活躍しています。

① 加藤先生の自己紹介、3色パステルアートの概要の説明の後、進め方の話がありました。最初は緊張感が漂う教室でしたが加藤先生の明るさと軽妙な語り口で楽しさが溢れる講座になりました。

⓶説明の後、参加者が初めての3色パステルアートにチャレンジしました。ひとり一人が真剣な眼差しで3色のパステルを丁寧に塗り込んで作品を作りこんでいました。先生と学習コーディネーターが巡回しながら、適切な言葉がけをするファシリテーションの実践の場でもありました。

③仕上げはスプレーをかけ、出来上がり!

④各テーブルで学習コーディネーターを交えながら、参加者一人ひとりが自作品を紹介しながら思いを伝える対話型鑑賞会を開催。

【まとめ】
参加者全員が「またこの参加したい」という大変好評の講座でありました。新しい講座で、どこまで楽しさ・満足感が得られるか不安でありましたが、満足感が溢れる参加者の表情をみて、午前中からの準備、本番が続いた疲労感を吹き飛ばす講座でありました。


<参加者の声>
・とても楽しく、無心に絵に集中できて良かったです。
・講師の方、コーディネーターの方がとても優しくて、わからない事も聞くことができました。楽しかったです。


記: 吉岡 国明

【活動報告】はさま学びの泉 ~船橋市の市境を見に行こう~

「習志野市との市境~JR津田沼駅周辺~」

日時:令和8年(2026)年5月20日(水) 09:30~12:00
参加者:14名+飯山満公民館・コーディネーター計6名


コース:津田沼駅(集合)➡市境標➡津田沼十字路➡鉄道連隊演習線境界標➡
藤崎台駅跡➡鉄道連隊鉄橋➡八坂神社➡津田沼1丁目公園➡千葉工業大学正門
➡津田沼駅(解散)

【津田沼駅】
津田沼駅は当時の二宮村(現:船橋市)と津田沼町(現:習志野市)の村境に建設され、駅舎と改札口は習志野市側、ホームと北口の一部は船橋側にあり2つの市を跨ぐ珍しい駅。駅長室が習志野市側にあるため、所在地は習志野市となる。令和3年(2021年)8月のコロナウィルスまん延防止等重点措置で船橋市が対象となり、道一本隔てた習志野市が対象外になったことに端を発し、船橋市前原商店街が子どもに市境に関心を持ってもらおうと企画したイベントに駅内に市境を持つ津田沼駅が協力し、ホームに市境の街を示すテープが張られた。

【市境標】
元パルコの前にある駐輪場の中に「市境」と記した標がある。ここが習志野市と船橋市の市境で、その延長線上に津田沼駅の市境テープがある。かつては駅前のバス停先端に「町界標」があったが、現在は船橋市郷土資料館のSL前に移転した。

【演習線境界標】
鉄道連隊が津田沼駅南側に設置され、松戸へ向かう演習線(訓練用の線路)を造成した際の土地の境界を示す標石が京成松戸線線路脇や駐輪場に残っている。この駐輪場は初代の新津田沼駅跡で、昭和22年(1947年)に初代新津田沼駅と薬園台駅間が開通して新京成電鉄の歴史が始まる。なお初代新津田沼駅は、その後3代目新津田沼駅として復活したが、昭和43年(1968年)に現在の場所に移転し、ここで3代目新津田沼駅は廃止された。

【藤崎台駅跡】
昭和28年(1953年)~昭和36年(1961年)まで2代目新津田沼駅であり、昭和36年(1961年)~昭和43年(1968年)までは藤崎台駅だったこの場所は、現在民家が立ち並び、当時の面影は見られないが、この一帯は船橋市と習志野市の市境が道一本で隔てられている場所。

【鉄道連隊鉄橋】
コナミスポーツクラブ裏側から線路に出ると、総武線の上を京成電車が青い鉄橋を渡る場所が見える。この鉄橋は鉄道連隊時代のもので、中国大陸に派遣された際に不要になった廃材を持ち帰ったものと言われる。

【八坂神社】
元々は現在の東部公民館付近にあった神社で、船橋市前原地区の鎮守だったものが、土地区画整理で現在の場所に移転した。境内には昭和10年(1935年)当時 津田沼十字路に置かれていた道路標識が残っていて、文字もかすかに読み取れる。

【津田沼1丁目公園】
小型の機関車が展示されているが、これは鉄道連隊で実際に使用されていたもので昭和17年(1942年)~昭和19年(1944年)にかけて製造されたK2型機関車であり、現在全国で唯一現存するもの。隣の石碑はかつてこの地にあった県立千葉工業高校の跡地を示すもので、鉄道連隊兵舎跡に学舎があったことを記念して作られた。

【千葉工業大学正門】
千葉工業大学のレンガ造りの門柱は、鉄道連隊の正門だったところで、唯一残る貴重な遺構。大正7年(1918年)に津田沼は鉄道第2連隊として、松戸に向かう演習線の敷設、運転、修理、撤去、破壊などを行い、その後兵たちは樺太、日中戦争、ビルマ戦線などに駆り出され「戦場にかける橋」で知られる泰緬鉄道の敷設を行った。

【活動報告】はさま建物探訪 ~高輪ゲートウェイから白金台へ~

日時:2025年11月21日(金) 09:30~12:30
講師:平山 恭子氏(学芸員)
参加者:20名+飯山満公民館・コーディネーター計4名


コース:高輪ゲートウェイ駅(集合)➡築堤跡➡柴田錬三郎旧居跡➡高輪館➡高輪消防署二本榎出張所➡明治学院大学➡瑞聖寺➡港区立郷土歴史館(解散)


小春日和の1日、天気に恵まれ高輪から白金台へ歴史ある建物探訪を実施した。

ルート

【高輪ゲートウェイ駅】
古来より「高輪大木戸」として賑わいをみせたこの地に、東京五輪に併せて山手線30番目の新駅として2020年3月14日に開業した。駅舎は駅を中心とする21世紀のアーバンデザインのモデルケースとし「駅まち一体」のテーマを基に設計され、国立競技場などで実績のある隈研吾氏がデザインを担当した。折り紙をモチーフとした大屋根や障子をイメージさせる膜と木を使用することで日本的価値を体験でき、海と陸を繋ぐ東京の新しいゲートを期待してこの駅名となった。

【柴田錬三郎旧居跡】
代表作の「眠狂四郎」シリーズなどで知られる歴史・時代小説の大家の旧居跡。外壁と住居土蔵が統一されたデザインで普請の高さが伺える。(非公開のため外観のみ)

【高輪館】
1925年(大正14年)に旧朝吹常吉邸(三井財閥幹部)の私邸として建てられ、その後旧加賀藩前田邸宅、東芝山口記念館(東芝グループの迎賓館)を経て現在は高輪館と称して日本テレビの所有である。(非公開のため外観のみ)

【高輪消防署二本榎出張所】
昭和初期の面影を色濃く残す高輪消防署二本榎出張所は1933年(昭和8年)に建設され、東京都選定歴史的建造物に指定されているが、東京都消防庁内で活動する最古の消防署出張所である。竣工当時は周囲に高い建造物がなく、東京湾からも見えたため「岸壁上の灯台」「海原を行く軍艦」と呼ばれていた。昭和16年から39年まで国産消防自動車の第1号車両が活躍し、現在も署員により毎日磨かれた状態で展示されている。上述の通り現役の消防署であるが、内部の見学は可能である。

【明治学院大学】
横浜開港時の1859年(安政6年)に来日したアメリカ人宣教医ヘボン博士は医療の施しに加えヘボン式ローマ字を考案し、本格的な和英・英和辞書を編集し聖書の日本語訳を完成させた。1887年(明治20年)白金に明治学院を開学する。当時の外国人居留地だった築地から白金は遠いため、宣教師の住居としてインブリー館(日本での洋式住宅の変遷を知る貴重な建造物)を建設し、1890年(明治23年)に神学部の教室として明治学院記念館を、1916年(大正5年)に礼拝堂(チャペル)が建てられ、今回は特別にチャペル内部の見学が許された。
チャペルはイギリスゴシック様式で、窓のステンドグラスは黄色の十字架の形であり、伝統工法により制作された日本最初のパイプオルガンが設置されている。
当初の建物から増築し、現在は空から見ると建物自体が十字架の形で、インブリー館、記念館と共に2002年(平成14年)に東京都の「特に景観上重要な歴史的建造物等」に指定された。今回はチャペルに加え、記念館と資料館の見学を行った。

【瑞聖寺(ずいしょうじ)】
1670年(寛文10年)に創建され、江戸時代には江戸黄ばく宗(臨済宗、曹洞宗と並ぶ日本三禅宗のひとつ)の中心寺院で「一山之役寺」と呼ばれていた。現在の本堂(大雄宝殿)は高輪下馬将軍として名高い薩摩藩主 島津重豪により1752年(宝暦7年)に再建された。この本堂及び通用門は1992年(平成14年)に国の重要文化財に指定された。瑞聖寺は2020年(令和2年)に創建350年を迎えた記念事業の一環に、老朽化した庫裏(くり:住職の居間や台所)の改装を隈研吾氏に依頼し、中央の水盤を囲むようにコの字型に設計され、庫裏から水鏡の水面に写る大雄宝殿の美しい姿は必見。(但し当日は水鏡の清掃中のためその姿が見られず残念)

港区立郷土歴史館

【港区立郷土歴史館】
歴史的建造物を活用して港区の自然・歴史・文化を知り交流の拠点として2018年(平成30年)に開館。この建物の原型は1938年(昭和13年)に竣工した旧公衆衛生院である。構造は鉄骨・鉄筋コンクリート造り、壁面をスクラッチタイルで覆われたゴシック調の外観は隣接する東京大学医科学研究所と対の建物であり、本郷の東京大学安田講堂に良く似た設計である。今回は中央ホール、旧講堂(NHK朝ドラの「虎に翼」のロケ場所で昭和初期の学校建築)、旧院長室、旧食堂などを見学した。

【活動報告】薬円台公民館 「キムチ教室」 

9月10日(水)薬円台公民館キムチ教室の開催

かねてよりの企画により、安洋子先生を招き、本格的なキムチを作るという教室を開催致しました。
開催までに、2回の実習にて、段取り等の準備を繰り返しました。

内容としては、キムチの歴史、韓国での風習なども盛り込みながら、具体的に作業しながらしっかりと学ぶ。 グループでの作業は、協力体制もコミュニケーションも出来て最高の笑顔溢れる楽しい時間でした。


アンケートからもっと色々なキムチを知りたい。
韓国の食べ物を作ってみたいとの意見も多くいただきました。

文責:五藤美枝子

【活動報告】三田寿大学 第3回「地球温暖化と熱中症対策」

日時:2025年7月10日(木) 13:30~15:00
講師:アースドクターふなばし、東部保険センター保健師
場所:三田公民館 体育レクリエーション室
参加者:男性14名・女性45名(計59名)
熱中症警戒アラート発令下にもかかわらず、59名の参加がありました。
前半がアースドクター船橋、休憩を挟んで後半が東部保険センターの講義でした。

前半:地球温暖化、熱中症(アースドクター船橋)

• 地球温暖化の現状と未来
• 地球温暖化の影響と対策
• 機構変動:緩和策・適応策
• 熱中症の現状
• 熱中症警戒アラートと暑さ指数
• 熱中症の予防
特に、船橋の年平均気温が過去最高を更新しているグラフが衝撃的でした。
最後に地球温暖化対策をテーマにした映像を観賞し、地球規模で考えてできることから行動する必要があることを改めて考えさせる講義でした。

アースドクターふなばし配付資料

後半:熱中症から体を守ること(東部保険センター保健師)

熱中症のリスク要因とその予防法を実践的に学びました。
特に、参加者全員で行った効果的な運動として、座って無理なく続けられるトレーニングを体験しました。

【活動報告】薬円台公民館 第2回「DIYこども工作教室」 ~木材を使った自由工作~ 2025年8月7日

昨年7月開催に引き続き、8月7日(木)10時~12時 日本DIY・HC協会認定のDIYアドバイザー4名の指導により、2回目の「DIYこども工作教室」を開催しました。
3年生以上の小学生を対象に募集したところ、直ちに定員20名(男子11名、女子9名)に達しました。小学生から「手づくり」の楽しさ、おもしろさに慣れ親しんで、正しい道工具の使い方や知識を習得してもらい 、DIYを通して「自主性と」と「創造性」を養うことを目的としました。与えられた木材片を目の前にして、素早く行動したり、ゆっくり考える生徒達ながら、子供らしさの夢とイメージを膨らませ、積極的にトンカチや接着剤を使用した工作に夢中でした。限られた時間の中で懸命に取り組み、完成した作品を見つめる素敵な笑顔に、達成感が現れていました。
昨年参加した生徒5名が今年もリピーターとして参加したことを知り、この教室の意義を実感し、「手づくり」の体感がきっと将来の生徒たちの糧になると信じられる活動でした。


(文責:正法地 健)

※注)写真中の子どもたちの顔はぼかし処理をしております。

《活動報告》三田セミナー 前期 浮世絵で歴史散歩 (全2回 座学)

講師:須藤元夫(四街道市史編纂委員長)
会場:三田公民館 体育レクリエーション室

第1回「浮世絵にみる江戸歳時記 ~蔦屋重三郎って何者?~」

• 日時:2025年6月15日(日) 10:00~12:00
• 参加者:男性9名、女性16名(計25名)
• コーディネーター:5名

報告内容
昨年の好評を受けて開催した浮世絵講座の第2弾では、ジャポニズムから浮世絵版元・蔦屋重三郎までを、浮世絵を題材にわかりやすくユーモアを交えて解説しました。

1日目の配布資料

第2回「成田山と団十郎、そして成田街道」

• 日時:2025年6月29日(日) 10:00~12:00
• 参加者:男性10名、女性16名(計26名)
• コーディネーター:6名

報告内容
第2回では、成田山新勝寺と市川団十郎の関わりを通して、役者絵や成田街道にまつわる浮世絵の魅力を紹介しました。

2日目の配布資料

【活動報告】三田寿大学 第2回「いきいき過ごすための心の健康あれこれ」

日時:2025年6月12日(木) 13:30~15:00
講師:東邦大学 健康科学部 看護学科 コミュニティヘルス看護領域     講師 植村直子 先生・助教 菅谷綾子 先生
場所:三田公民館 体育レクリエーション室
参加者:男性13名・女性53名、合計66名

講座では、高齢期における心の健康に影響を与える出来事として、以下のような点が紹介されました。
• 体力の低下に伴う不安感
• 近親者との死別による喪失感
• 仕事などで役割を失うことによる喪失感
• 慣れない土地への引っ越しによる孤立感


注意すべき健康課題としては、次の3つが挙げられました。
• フレイル(加齢に伴う虚弱)
• うつ病
• 認知症


心の健康を保つための工夫としては、以下のポイントが紹介されました。
• 社会参加
• バランスの取れた食事
• 適度な運動
• 笑い


特に「笑い」が注目されており、笑う機会の少ない人は、毎日笑う人に比べて1年後の認知機能低下のリスクが3.6倍高くなるという統計結果も紹介されました。
講座の最後には、笑いとヨガの呼吸法を融合させた健康法である「笑いヨガ(ラフターヨガ)」を参加者全員で体験し、会場は明るい笑顔に包まれました。

講座修了後、移動交番から船橋の事件事故について連絡がありました。

【活動報告】はさま学びの泉 ~船橋市の市境を見に行こう~

公民館との事業計画会議においてコーディネーター諸氏より「船橋市の淵がどうなっているのか実際に歩いてみたい」という声がでて、今年度のはさま学びの泉は「船橋市の市境を見に行こう」に決定した。

講座は全3回シリーズとし山本稔氏を講師に迎え、1回目は5月29日に座学で「船橋ってどうやってできたの?」、第2回目は6月5日に散策で鎌ヶ谷市との市境「丸山を回る」、第3回目も散策で6月12日に市川市との市境「下総中山発 法華経寺と真間川へ」とした。講師の山本氏は船橋地名研究会会員で、自称江戸・東京案内人として活躍されている郷土史研究家である。今回の講座は定員20名で募集を開始し、すぐに満員になった。

第1回目:座学 10時~11時40分 ~船橋を知ろう~
昭和12年に船橋市が発足し、当時の人口は43,000人であった。昭和44年に人口は30万人を突破し、2025年に遂に65万人超となり、政令指定都市でない市としては日本最多の人口を有する市となった。現在の船橋市の人口は、既に鳥取県、島根県、高知県を上回っている。

~散策地区の歴史等の解説~
「丸山と鎌ヶ谷」
~船橋市の地図で丸山が飛び地になった理由~

丸山は江戸時代初期、西側にある道野辺村(鎌ヶ谷市)の人々が幕府に銭を納めて利用していた野原で、南側の二和川の谷は道野辺村の人がすでに水田を開いていた。その後、幕府の許可を得て行徳の人が丸山新田を開き、この地域の松林は行徳の塩業を支える燃料補給地として大切な存在であった。
明治22年に丸山新田は近隣の藤原新田、上山新田と一緒に法典村となり、道野辺村は鎌ヶ谷村になり、二和川の谷はそのまま鎌ヶ谷市に属することになったため、こうして丸山は船橋の飛び地になったのである。
丸山地区の開拓者の草分けであった徳田家に関する史跡が、まだ数多く残っている。

山本講師の話の中で庚申信仰が興味深いので紹介しよう。
庚申信仰とは60日に1回ある「庚申(かのえさる)」の日には、飲食、読経などで夜通し眠らず身を慎めば長生きできるという信仰である。
江戸時代に庚申塔を村の出入口に建て、悪いものが村に入ってこないようにすることが流行し、船橋市内には300基を超える庚申塔が現存している。
これと同様の考えで「丙午(ひのえうま)」がある。丙午とは子丑寅の「十二支(じゅうにし)」と甲乙丙で始まる「十干(じっかん)」を組合わせた「干支(えと)」の内「丙」と「午」が組合わさる年のことで、60年に1回巡ってくる。
過去にはなぜか女性限定で「丙午生まれの女性は気性が激しい」「夫を食い殺す」などの迷信が言われ、心配した夫婦が出産を控えたため、1966年生まれの赤ちゃんは前年比25%減だった。
いよいよ来年には60年に1度の丙午が巡ってくる。それでなくても少子化が我が国の深刻な問題の現在、さていったいどうなることでしょう。

~下総中山駅発 法華経寺から真間川へ~
船橋市の西の玄関口、下総中山駅は明治28年、総武鉄道中山駅として津田沼駅と同時に開業した。津田沼駅は陸軍演習場への玄関口として、中山駅は法華経寺門前駅だったと考えられる。

中山という地名は中山法華経寺に由来するが、一方で中山を含む主要駅の「下総中山駅」「京成中山駅」「原木中山駅」「京成東中山駅」などはすべて船橋市内の駅で、由来となった法華経寺だけが市川市に位置している。
法華経寺の総門(黒門)の左右に続く道が船橋市と市川市の市境になる。

講師より散策する際に市境の見方として、マンホールの表示、商店街の街灯や佇まいなどに着目するよう説明があった。
その他、国道14号と木下街道との交差にある中村家と東山魁夷との関係、東葛人車鉄道跡など興味深い解説を伺い1回目の座学は終了。
会場には講師より貴重な資料や散策地域の懐かしい写真などが掲示され、参加者一同熱心に見入っていた。

第2回:散策 09:30~12:00 ~丸山を回る~(約5km)
ルート:馬込沢駅(集合)⇒鎌ヶ谷との境(水路)⇒法典東小学校(戦前は高射砲陣地あり)⇒庚申塔⇒牛頭天王(ごずてんのう)⇒徳田家旧宅(大きな藁屋根で典型的な下総型民家。前庭が広く大谷石で作られた倉庫、ムクノキとケヤキの巨木、隣には巨大なゴルフ練習場)⇒墓地⇒開墾説明版⇒丸山根元(最初の開拓者を伝えている)⇒慈眼院跡⇒駒形神社⇒道祖神⇒丸山墓地⇒丸山公園⇒丸山市民の森⇒第一踏切商店会(丸山の山裾を巡る谷あいの道で急坂と階段ばかりで丸山の特徴ある場所)⇒馬込沢駅(解散)

第3回:散策 09:30~11;30 ~下総中山駅発 法華経寺から真間川へ~(約3.5km)
ルート:下総中山駅北口(集合)⇒群芳園跡⇒中山十字路⇒妙円寺⇒小栗原蓮池公園⇒黒門(船橋市と市川市の市境が極めてよくわかる場所)⇒赤門・智泉院(東大の赤門、加賀藩との関わり)⇒安房神社・祐師山⇒泰福寺⇒深町坂⇒高石神社⇒中村家・東葛人車鉄道跡(味噌醸造所を営んでいた当時のレンガ造りの倉庫と住宅、戦後3代目の勝五郎氏は東山魁夷のパトロンで、当家に間借りさせた際に描いた絵画「私の窓」を見ながら解説)⇒真間川⇒中山橋(橋の片側が船橋市、反対側は市川市)⇒下総中山駅南口(解散)

散策は両日とも梅雨の晴れ間に恵まれ、楽しく市境を歩くことができた。
次はどこの市境を歩こうかと今から楽しみだ。全3回の講座を毎回熱心にご説明いただいた山本講師に感謝。

                                            文責:伊藤 弘

【活動報告】「ようこそハンドケアを学ぼうを終えて」薬円台公民館

6月10日(火)生憎の雨の中ではありましたが、ほぼキャンセルもなく無事に薬円台公民館において上記セミナーを開催することが出来ました。
お蔭様で広報にて、掲載のお蔭もあり、初日にて満席の申込をいただき
感謝致します。


受講者は全て女性であり、はじめから温かい雰囲気の中で、講師の小林先生の
ふわっとした優しい人柄もあり、進められました。
ヘッドマッサージから、オイルを使ってのセルフケアまであっという間の
時間を感じさせない楽しい時間でした。
先生が各テーブルを回って、実践しながらポイントを細かく指導してくださり
ペアでの実施により、仲間意識も生まれ和気藹々の時間でした。
クイズやワンポイントなども織り交ぜながら、飽きない内容であったと思います。
受講者の美意識、健康志向にもピッタリな内容であったと思いました。
改めて、セルフケアを意識して、習慣にしていくことの大切さを感じました。
参加の皆さま、そして協力いただいた公民館の皆さまに感謝申し上げます。

文責 五藤美枝子