【活動報告】「はさま建物探訪」 馬車道の歴史的建築物と「横浜三塔」散策

令和8年10月29日(木)恒例の「はさま建物探訪」は横浜を舞台に実施しました。
前日の木枯らし1号も治まり、抽選で当選した18名の参加者と公民館・コーディネーター4名で、晩秋の横浜で圧巻の歴史的建築物の数々を楽しく散策しました。

低層部は旧横浜銀行本店別館(元第一銀行横浜支店)で昭和4年に建設された。トスカーナ式オーダー列柱が特徴の重厚なバルコニー部分は、曳家工法で現在の場所に移築して背後のアイランドタワーに組み込んだもの。平成15年に横浜市歴史的建造物に認定された。

安政6年の開港以来、外国商人が主導していた貿易金融取引を改善するため明治13年に横浜正金銀行が設立され、大正8年には世界3大為替銀行の一つに数えられるようにまでなった。この建物は明治37年にドイツ近代建築の影響を受けた重厚で貴重な建造物であり、外観が良く保存され優れた意匠を持つ代表的な洋風建築。昭和44年に国の重要文化財の指定を受け現在は神奈川県立歴史博物館である。

大正11年に川崎銀行横浜支店として建設された。設計者の矢部又吉は横浜生まれ、ドイツで建築を学び、隣の旧横浜正金銀行設計者の弟子。昭和61年に取り壊される予定が存続され、現在は損保ジャパンビルとして一部の壁面を残している横浜市認定歴史的建築物の第1号。

昭和4年に安田銀行横浜支店として建設され、昭和22年に富士銀行に改称された後も使われていた戦前の古典主義様式の銀行建築の典型。平成17年からは東京芸術大学大学院として活用されている。正門前には文明開化の象徴、日本最初のガス灯が現存している。(画像なし)

大正15年に建設された旧横浜生糸検査所の外観が復元されている。正面上部には蛾・蚕・桑・菊・日章旗でデザインされた紋章が掲げられ、柱には生糸がモチーフのレリーフなどの外観が特徴的。平成2年に横浜市歴史的建造物に認定され、現在は横浜第二合同庁舎として使われている。

昭和11年に竣工したギリシャ・コリント式のビル。戦後、米軍に接収された時期もあったが、それ以外は日本郵船の事務所や研修所として使用された。経済産業省の近代産業遺産や横浜市認定歴史的建造物にも認定されている。周辺再開発の一環で、現在ホテルへ改装工事を実施中であり、令和9年1月末の開業予定。(画像なし)

横浜開港50周年を記念して大正6年に竣工した。大正12年の関東大震災で外壁と時計塔を残して内部はすべて消失したが、昭和2年に初期の建築を復元して再建された。戦後は連合国軍の接収を受け、その後老朽化のため保存か取り壊しかの岐路に立ったが、昭和53年に修理し平成元年にはドームも復元され、大正時代の代表的建築物として国の重要文化財に指定された。現在は横浜市中区公会堂として市民に広く利用され、36mの時計塔は「ジャック」の愛称で呼ばれている。赤煉瓦と白い大理石が美しいこの時計塔は市民の寄付で建てられた。2階階段の「黒船(ポーハタン号)」と広間の「呉越同舟」、「箱根越え」の和風ステンドグラスは見事。ボランティアガイドによる解説付き(無料)で館内を案内いただき、横浜の歴史を詳しく学ぶことができる。

現在の横浜税関は3代目で国会議事堂を設計した吉武東里により昭和9年に建造された。老朽化が進み平成15年に大規模な改修が行われたが、現在も外観は創建当時の姿がそのまま保存されている。ロマネスク様式を始め様々な西洋建築様式が混在し、建物の最大の特徴である緑青色のイスラム寺院を思わせるドーム(塔屋)は横浜三塔の一つ「クイーン」と称され、県庁本庁舎よりも高い51.46m。資料展示室には横浜税関の歴史をつづる資料の他、摘発した密輸の手口、知的財産を侵害する偽ブランド商品クイズ、ワシントン条約に該当する野生動植物などが見学できる。

「横浜三塔」とは県庁本庁舎の「キング」、横浜税関の「クイーン」、横浜市開港記念会館の「ジャック」の総称。由来はトランプやチェスなど諸説あり、流布した時期も不明。本庁舎は関東大震災後の昭和3年に建造、令和元年に国登録の有形重要文化財に指定され、横浜を代表する近代建築のひとつ。知事が執務する都道府県庁舎では大阪府庁本館に次いで二番目に古い。地上5階建ての中央部、屋上の塔は五重塔をモチーフとした堂々たる風格があり「キング」の愛称で親しまれ、高さは48.6mあり横浜市のシンボルである。アール・デコ風の正面玄関の装飾や宝相華(極楽浄土に咲く幻の花)が随所に咲くエントランスなど内部装飾も見事である。屋上展望台からは横浜港、みなとみらい地区などが一望できる。(建物右奥にクイーンの塔が見られる)
横浜港大さん橋埠頭には大型豪華客船の「飛鳥Ⅱ」と外国船籍の「セレブリティ・ミレニアム」が今夕の出航を待っていた。